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昭和29年(1954)9月12日、ひとりの女性が、新潟の結核療養所で亡くなった。25歳であった。
その人の名は、矢部栄子。
俳誌「寒雷」で、加藤楸邨に師事し、将来を嘱望されていた女性俳人であった。彼女は、新潟高等女学校在学中の、昭和20年(1945)秋に発病、療養所に入る。一旦、退所するが、昭和22年(1947)6月に再発、再び入所し、没するまでの7年余の間を、病棟で過ごした。
その間の俳句、日記は、死を凝視し、生を見つめた彼女の、余りにも短すぎた一生を語ってやまない。
本書は、未発見資料も加え、その生涯をつぶさにたどったものである。享楽の風潮に流されている現在にあってこそ、矢部栄子の生涯は重要な意味をもつ。
「資料編」を備え、矢部栄子を知るには、この一巻は不可欠であり、また、これで足りる。
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